子供心に期待したコンプレックスの解消
皆さんそれぞれが、人知れず、自身の外見上のコンプレックスや、人はやれるのに自分には出来ない事に劣等感を抱いていたり、様々な悩みを抱えていると思います。
私のコンプレックスの歴史を思い起こせば、小学生の頃、自分の鼻の低さに悩み、鏡を見るたびに鼻の低さを許せず、何をしたかと云うと、夜、寝る時に鼻を洗濯ばさみでつまんで寝ました。
子供心に、鼻をつまんで眠れば少しづつでも高くなるだろうと期待したのです。
結果は、ご推察の通り、少しも鼻は高くなりませんでした。
洗濯ばさみ矯正法は、お勧めしません。
中学生の頃、自分の顔の大きな黒い「ほくろ」が気になり、気になり始めるとひたすら醜く思え、何とか取り去りたいと考え、鏡を見ながら針の先やカッターで少しづつ取り除こうと始めましたが、血が出る、痛い!、で諦めました。
自分の体を傷つける事は絶対に避けましょう。
私の顔は刃先から入った菌で化膿し、暫らく見られない状態になり、医者には転んで傷ついた、と、苦しい説明をし、治療を受けなければなりませんでした。
高校生になる頃には、「赤面恐怖症」で大いに悩みました。
最初は授業の時、先生に当てられ、答えられず「真っ赤に」なったのが発端でした。
何度かそんな事が続くと、人と顔を合わせただけで赤面し、目を合わせることが出来なくなったのです。
思い余った解決策が漫画雑誌の広告に出ていた「赤面恐怖症を克服する教室」、今で云うセミナーの案内でした。
セミナーに申し込むには電話をかけ、申し込み書を送ってもらわねばならない、、、しかし、そんな物が送られてきたのを親に見られたらどうしよう、、、、と、決心がつかないまま悩みの日々は続きました。
当時の悩み事を思い出し書いてみましたが
と、当時の悩み事を思い出し書いてみましたが、72歳になった今、何一つ解決していないのです。
顔の真ん中の、鼻は低いまま(孫娘に遺伝しているのが心配!)、
大きなほくろは、美容手術もせず、現在も目印として健在、
顔の赤面も、意表を突かれ準備の無いままの時は大いに赤面する事も有り、、、と、何も変わっていないのですが、生活には何の支障もないまま過ごしています。
今は何も影響のないコンプレックスの種ですが、当時の私にとっては人生の最大課題だったのです。
これが解決しないと一歩も前に進めない、と、毎日悶々とする日々でした。
世の中には身体的ハンディキャップを抱えながらも積極的に人生に取り組んでいる方が多くいらっしゃり、本当に敬服するばかりで、今回取り上げた私の悩み事など、笑い事にしかならないレベルです。
一方で、当時の私にとって、他の人にはどうでもいい事が大きな悩みであったのは事実です。
同じように現在の若い人にとって、大人から見れば些細な悩みに囚われ、日々悶々としている事と思います。
そんなコンプレックスや悩みを抱えている若い人に「そんなくだらない事は忘れなさい」と云うつもりは有りません、悩むことも苦しむことも、いずれは、そんなことも有ったなー、と思う日が来るからと老人が言っていたなー、と覚えておいて下さい。
今は、その悩みが目の前に立ち塞がる大きな岩のように思え、一歩も前に進めそうに思えませんが、大丈夫です、大きな岩と思っているのは貴方だけで、他の人には何も見えないはずです。
目の前に有った、大きな岩のように見えたものも、後から振り返ると小さな小石だったりするものです。
人生、次から次へと悩みは湧いてくるものです、大切なのはその悩みに囚われない事、押しつぶされない事。
自分でコントロール出来ることはしっかり取り組み、自分でコントロールできない心配事は考えない。
解決はしなくとも、話すだけで心は随分軽くなるもの
生前、多くの事を教えて頂いた京セラの稲盛さんは一言、「感性的悩みはしない」と断定していました。
理想は、そんな悩みを話せる相手がいることが一番いいのですが、
解決はしなくとも、話すだけで心は随分軽くなるものです。
誰もかれも、特に感受性豊かな若い頃は、皆、多くの悩みを抱え悶々としているものです。
大丈夫です、いずれ何らかの解決策が訪れるか、解決策に恵まれなくとも人生での重要度はずっと小さくなる筈です。
そんな友人に恵まれなかった私の話し相手は、自然の山で有ったり、広い海でした。
自然の中で無心に汗を流していると大概の事は忘れることが出来ました。
様々な人が様々な悩みを抱えていますが、世の中はそんな事に関係なく夜になり、朝を迎えます。
いろいろな事が有りますが、それでも何事もなかったように「人生は続いていきます」
大丈夫です、明日を信じて「明、元、素」の日々を送っていきましょう。



